2013年07月28日

3.変化

千里ニュータウンとは

3. 変化

ニュータウン特有の足跡

ニュータウン特有の足跡 千里ニュータウンは、1962年~1970年の高度経済成長期にわずか8年間で建設され、似たような若い核家族が一度に入居しました。完成と同時期の1970 年には、隣接地でEXPO’70が開催され、交通も環境も整備され、千里の名は一躍有名になりました。多くのニュータウンが千里にならって日本中に建設されました。

この結果、多くの住民はすっかり気に入って、家が狭くても転出せずに住み続けたので、住民の世代の偏りはそのまま引き継がれました。初期には子どもが激増して小学校が足りなくなり、それが過ぎると成長した子世代が独立して転出し親世代が残ったので、学校の空き教室が増える一方で高齢者施設の整備が急務となりました。このような世代の偏りは全国のニュータウンに特有の現象ですが、千里では顕著に出ました。後続のニュータウンは1970年代のオイルショックをまたいで建設がスローダウンした結果、入居世代が均されたためです。

人口

1975年の約13万人をピークに減少が続き 、2005年国勢調査では9万人を切りました。世帯数は、1980年以降あまり変わらず、一世帯の人数が減っています。高齢化率は、1990 年頃から急激に上昇し 、2011年では約30%と、大阪府全体より高齢化しています。

出典:国勢調査、千里ニュータウン再生連絡協議会
『第1回千里ニュータウン再生のあり方検討委員会資料』
住宅

初期の戸建住宅は、1980年代後半のバブル期前後に多くが建て替えられました。集合住宅は、バブル後、社宅が売却されて民間マンションになるケースから更新が始まり、2005年以降、分譲でも賃貸でも大規模建替が急激に増えました。

商業

商業多くの人がクルマでより大きな商業施設に買い物に行くようになり、とくに近隣センターでは核店舗の撤退や空き店舗の増加など、空洞化が進みました。

写真提供:大阪府ほか

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Posted by 千里ニュータウンまちびらき50年 at 16:56 │千里ニュータウンとは